業績リスト

協調的認知活動の研究

三宅なほみ研究室では、認知科学や認知心理学をベースに人の賢さの仕組みや人を賢くする支援方法、人の賢さを引き出す方法をテーマに人の認知活動を研究しています。
これらの研究方法は、基本的に人の認知過程を観察することから始めます。例えばパズルなどの問題解決を行なうとき、上手に解決できる人にはどのようなテクニックを使って問題の表現や探索を行なっているか、それらのどこに着眼点をおいているか、などのプロセスを詳細に観察・分析を行ない、そこから賢さを一般化します。
次に、一般化した賢さを実際の講義デザインやツールでどのように組み込み、実際に賢さを支援できるか考えていきます。もちろんここでも、そこで人がどのような振る舞いをしているか、賢さがどこをどれだけ支援しているかを観察することから、賢さの仕組みとその支援方法を探っていきます。また実践場面での適応可能な支援から支援の妥当性を計り、そこで人がどのように賢く振る舞えたのかを分析することから賢さを引き出す方法を検討しています。
このように実験と実践を繰り返しながら、よりよい人の賢さについて追求しています。

このような方法から、まず人の賢さの仕組みについて分かってきた4つの研究を紹介します。これらの研究は簡単なパズルや日常計算の過程の分析に着眼点を当てて、人の認知過程の基本的な姿を明らかにするためです。これらの研究から、複数の人がいると外界物は様々な視点で着目することができ、その様々な視点の共有とその違いの指摘から新しい視点が取れることで、段々とお互いに理解する活動が深くなっていくことが分かってきました。詳しくは各々の項目から参考資料をダウンロードして下さい。

 

◆ 外の世界を使って「計算する」

これは日常生活で人が計算知識を使わずにいかに外界を使って問題を解いているか、それにおける人の賢さとは何かについて調べた研究です。

実験は、被験者に折り紙の「2/3の3/4に斜線を引いてください」という課題を解いてもらいました。ここで掛け算して計算しても解けますが、人は実際に紙を折ったり目盛ったり「外の世界を使って」答えを求めようとします。そこでその過程を分析すると、2/3ができたところで一度紙を開いて折り目を確認して 3/4を折る、というステップで進みます。つまりこれは外の世界に中途結果を出して、そこでその状態が正しくできているかを確認するのに使っている、と考えられます。

次に、被験者を1人と2人に分けて実験を行ったところ、1人だと「折る」だけで答えを求めようとしたのに対し、2人では折りながら「計算」で求めることに気づきやすい傾向がありました。その過程を分析すると、一人が2/3を作り開いて確認して次の3/4を作ろうとしているとき、もう一人はすでに3/4に折り目を付けたような見方をして1/2という答えを出します。それは本当か、と一人が折って1/2を確かめたとき、もう一人は1/2の折り目から2/3の3/4を見直す見方をして「掛け算すればできる」と気づきます。つまりこれは、中途結果に対するそれぞれの見方を提案することから、解き方や考え方の幅が段々と広がっていくことが考えられます。

これより外界を巧みに利用することと、それをお互いが異なる見方を提案することが大事であると分かりました。

白水始 (2000) 「外界を能動的に利用した計算(2)-共同問題解決場面による実証-」 日本認知科学会 第17回大会発表論文集, pp.34-35.

 

◆ 人の理解過程と協調による問題解決

これは人が物事を「分かる」過程で何が起きているか、そしてより深く「分かる」ために他者の視点が役立つのかについて調べた研究です。

実験は、「ミシンの縫い目はどうやってできるか」について考えてもらいました。ミシンの縫い目は、上糸と下糸が絡み合ってできています。しかし縫っている途中は上糸の片方の端は糸巻きにあり、もう一方の端は布につながっています。一方下糸の端はボビンにあり、もう一方の端は布につながっています。このとき端のない2本の糸が実際にどのように絡み合うか、この問題について2人で一緒に考えてもらいました。

その過程を分析すると、「分かる」ことがさらに「分からない」ことを生み出していくことが分かりました。例えば「針によって上糸の輪ができ、その輪がボビンで下糸を通し、針を輪が引き上げることで縫い目ができる」と考えたとする。すると「ボビンが上糸の輪と下糸を通す働きはどのような機構になっているか」という問題が残るので、それを分かろうとします。そしてこのようなことが繰り返し起こることで、理解が深くなっていくことが分かりました。

また2人いることで、あまり分かっていない人がよく分かっている人の考えをチェックしたり批判することで、それがよく分かっている人に「わからない」を生むきっかけとなることが分かりました。例えば、少しわかっている人が「ボビンには隙間があってそこに輪が通る」と発話したとき、少しわかっていない人が「ボビンは宙に浮いた構造になっているの」と相手を批判する。ここで相手に説明できないとき、それを問題として説明を探ろうとする。このように2人いることで、相手に説明をしなければならない状況を作るため、効果的に理解を深める仕組みとなることが分かりました。

Miyake,N (1986) The constructive interaction and the iterative process of understanding. Cognitive Science, 10, pp.151-177.

 

◆ 視点を変える誘因と効果

何かを理解しようとするときには、その対象事物だけでなくその周辺にあるものやそれに関連する事物に結びつけようとして、「視点」を変えようとします。このように視点を変えることが理解するための重要なプロセスであることを調べた研究です。

実験は、コンピュータのツールを使って熟練者と初心者の2人1組で、ある英語で書かれた小説の一部の翻訳作業を行なった。その活動の中で人が翻訳作業をするのにどんなときに視点が変わるか、着目した先でどのように情報を集めているか、その後集めた情報はどのように扱われるか、について観察・分析を行なった。

分析結果から3点のことが考察された。1点目は、「うまくいってない」ときに視点が変わることが多い。これは「うまくいかない」ことへのメタ認知が大きく関わっていると考えられる。2点目は、検索対象の周辺でたまたま目にした情報に対しては視点を変えようとせず、見に行かないのにその情報は後で利用される。これは意図せずたまたま見たことある情報も利用する傾向があると考えられる。3点目は、集めた情報に対して物理的に視点を変えない場合でも、その情報について言及し整理しようとする。これは頭の中だけでも視点を変えていて、そこで情報を整理しようとすると考えられる。

落合弘之 (1995) 「翻訳作業における視点転換に関する研究」, 第12回日本認知科学会論文集, pp.96-97.

 

◆ 言葉で説明する効果

これは問題を解くときに、考えていることを言葉で説明しながら解くことは、手続きを抽象的にまとめて理解する効果があることを調べた研究です。
実験は「ハノイの塔」というパズル問題で、やり方を説明しながら5枚のディスクを4回繰り返して解いた後、8枚ディスクでの解き方を説明してもらい、「考えていることを言葉で説明しながら解いた人」と「黙って解いた人」とのテクニックの違いを比較した。

その結果、どちらも遂行することで問題を解くテクニックを見つけることができたが、考えていることを言葉で説明しながら解いた人の方が、ハノイの塔の一般解が持つ再帰構造を把握しやすいことが分かりました。つまり、言語化して説明をすることで良いテクニックを見つけやすい効果があることが分かりました。

三宅なほみ、落合弘之、新木眞司 (1998): 「Learning by doing 再訪:表象変化に対する言語化の効果」, 『認知科学』,Vol.5,No.2,pp.57-68.

 
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