三宅なほみの研究物語 三宅なほみ先生が紡いだ研究のルーツをや関心事を、先生からお聞きし、連載形式で沢山の方にお伝えしていきます。
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三宅なほみの研究物語No.6 東京大学 教育学研究科 修士課程 波多野先生の「英語教育やりなさいな」の一言で「動機づけ、性格特性と英語習得度」(修論)

―― 東-Hessプロジェクトに参加している最中に、波多野先生から「英語教育を薦められる」ということがあったんですか?

三宅
修士1年のときにThe St. Lambert 実験(No.2に記載)を教えてくださったのも波多野先生でしたしね。
「まずは、日本の英語教育でどんなことが研究されているのか、ちょっと本を集めてみる?」と誘って頂きました。

インタビュ-のイメージ

これは後から「作ってしまった記憶」なのかもしれませんけれど・・・。
調べた結果をお渡ししたとき、「君は案外、環境とか人の特性が好きなんだね」と波多野先生がおっしゃったという記憶があります。その反応を見て、「あれ、私は彼が欲しいと思っていたのとは違うものを集めてきちゃったのかな?」と思いました。
私が方々から集めてきた書籍は、当時主流だった文法の獲得などとは、ちょっと毛色が違ったようなんですね。

そして、ある研究会の帰りに波多野先生とご一緒していたら、先生がこちらを振り向いて「あなた、英語教育をやりませんか?」とおっしゃったんです。
その頃、私は波多野勤子(はたの いそこ)先生 が設立なさった波多野ファミリースクール という、カルチャーセンターのような所でお手伝いしていました。

――波多野誼世夫さんのお父様が波多野完治(はたの かんじ)さん さん 。そして、勤子さんというのは・・・。

三宅
勤子さんは、波多野完治さんの奥様で、日本の保育学の権威でしたね。ファミリースクールは子どものための学校でしたけれど、これから海外勤務に行くご主人に付いていく奥さんを対象に、英語を基礎から 教えるクラスもあったんです。そこを担当させて頂きました。参加なさっていたのは、海外赴任が決まったご主人について海外へ行くので「学校の『お勉強』というより、『使える道具』として英語を学びたいのよね」というような方たちでしたね。

アルバイトで授業をさせて頂いていて、アメリカの中学校くらいだったかな、易しい教科書を使ったりしていました。
 当時、英語を学ぶ理由として、「大学入試に大事だから」より、現実的なこう使いたいから学ぶというモチベーションがあるほうが、ずっと健全ではないかと考えていました。モ チベーションの中でも、いわゆるSocio-cultural なものが大事だと思っていたのね。ですから、「モチベーションのあり方が、英語の獲得の度合いを決める」といった研究をしたい、と思っていました。
 でも、波多野先生は「それはかなり難しいな」とおっしゃった。「あなたの言っていることがわからないではないが、英語を使いたい人向けに教えている所はないでしょ」と。確かにそうですよね。そういう「使いたい」というモチベーションを持っている子どもがいても、入試狙いで教えている学校で、そのモチベーションどおりに学ぶということにはなりにくい。

それで、まずはアンケート調査のようなことから始めました。波多野ファミリースクールでは、夏休みに子どもたちがアメリカで2週間ほど旅行するサ マースクールを開催していました。そこで、実際使う場面を体験して来る子どもたちが、その旅行の前後でどんなふうに英語に対する考え方が変わるか、というようなことを調べるアンケートをさせて頂いたりしました。

 他にも「自分で授業をやってみれば」と提案してくださったんです。その頃は、お話のスケールがわかっていなかったんでしょうね。 先生がやってみれば、っておっしゃるのだから、やってみたらできるだろう、くらいの気持ちで、3日間だったかな、4日間だったかな、そのくらいのサマースクールのようなものを実際開いて英語を使う体験をしてもらって、そこでも前後で英語に対する考え方が変わるか、という実験をしました。

まず東大に来ていた留学生を対象に、このサマースクールで教えてくださる先生を公募しました。「夏休みに4日くらいで、英語 があまり好きじゃないけれど使えるようになりたいという人に英語を教えませんか」という感じでね。そうして人が決まったら波多野先生に「この人はこの位の 金額でやれそうなので」とお願いして資金を出していただいたのだと思います。場所は東大の教室をお借りして・・・。
友人に私立のそれほど偏差値の高くない女学園で英語を教えている先生がいたので、彼女に「10人くらい学生を貸してちょうだい」と被験者になる子ども を集めてもらい・・・。考えてみれば、めちゃくちゃだよね。そのとき私は自分がめちゃくちゃだなんて全然思ってもいなかったけれど。

――大真面目ですよね。

三宅
そう、そして、大真面目に自分でもサマールクールをやり・・・。それが修士論文の一部になりました。
ファミリースクールの体験旅行に参加した子どもたちについては、行く前後の飛行機で質問紙を配って「どういう動機で参加するのか」、「英語をつかって何をしたいか」、「行ってみてどうだったか」といったことを聞いたりしましたね。付き添いの先生たちにお願いして、英語がどのくらい使えているかという、いわゆるパフォーマンス評価もお願いしたと思います。自分でやったサマースクールの方は、実践に協力して くれたインド人の先生も、おもしろがってインドの話をしたり、パターンプラクティスや会話練習なんかをしてくれました。

私が、サマースクールで仕掛けたことは、2つ。1つは、「アメリカの国立公園に資料請求の手紙を書こう」という話でした。パンフレットなんかを見てどの国 立公園のことを知りたいか考えて、請求する文章をタイプで打ってもらったんですね。実を言うと、こういう公的な所は文章が全然読めなくても、住所さえ書いてあれば必ず資料が送られ てくるとわかっていたので。だから、住所だけは返事が返ってこないと嫌だから私も確認して、あとは、「わか らないことがあれば聞いてね」というくらいの関与です。みんな返事は来たはずですよ。

それから、仕掛けのもう1つが、今考えればCSCL の先取りなのかもしれませんけど。サマースクールの終盤に、インド人の先生と日本人中学生が、1対1で会話をする場面を設けました。
普段臨床や発達の人たちが子どもの観察をするワンウェイミラーのついている部屋を使って、2人にはそれぞれ私の声が届くイヤフォンを付けてもらいました。そして、私はモニター室から2人の会話を聞き、様子を見ながら、時々ね、必要がありそうな時、生徒の耳のほうに、ひそひそ声で「こんなこと聞いてるよ」なんてささやいたり、一方でインド人の先生にも「彼女はこういうことを言いたいみたい」と伝えたりできる環境を作ったんですね。

――ちょっと翻訳しちゃうっていうことですね?

三宅
まぁ、ね。中学生と先生のあいだで、「こういうことを言っているみたい」というような。
生徒たちは「なんて言えばいいのか、わかんなーい」と言ったりしながらも、サポートしてもらいながら、とにかく1対1で外国人と英語で話してみるという体験をしてもらいました。
こういう体験で、生徒のモチベーションが変わるかとか、強くなるかとか、こんなことをしたいというのが具体化するかなどを調べたのでした。玉虫色というか、何をやりたいのかわからない研究でしたね。書いた量だけは多かったのですけれど。

――実践のデータも、多そうですね。

三宅
教材なんかもあったのでね。付録が200ページとかあったと思うのですけれど、書ききれなくなって、最後には姉を動員して清書してもらったんですよね。 そこだけきれいな文字になって「困ったね、これは」「急いで書くんだからしょうがないでしょ!」なんて怒られたりして、何とか提出しました。英語の文献研 究みたいなことをやり、他人の力を借りたインタビュー研究をやり、自分が介入実験をしてその前後でモチベーションがどう変わるかみたいな研究を全部かき集めて修論にしたという感じでした。
やはり、提出された方は「どうしよう」と戸惑ったと思います。スタンダードなものではなかったですから。いろいろなことをやってみましたね。Socio-culturalなモチベーションとか、パーソナリティが、英語力に効くんじゃないか、と思っていたんですね。

――いよいよエネルギッシュな様子が垣間見える、修士時代のエピソードでした。
次回は、将来、三宅先生が博士論文の指導を受けることになる、ノーマン博士との出会いについてお聞きします。

三宅なほみ先生の論文 中学生英語学習者に対するアメリカ研修旅行の影響(2)

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